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東京地方裁判所 平成元年(ワ)10829号 判決 1991年7月29日

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 喜田村洋一

同 加城千波

同 鈴木淳二

同 渡辺努

被告 株式会社 朝日新聞社

右代表者代表取締役 中江利忠

被告 川村二郎

右両名訴訟代理人弁護士 芦刈伸幸

同 星川勇二

主文

一  被告らは原告に対し、各自金五〇万円及びこれに対する平成元年六月三日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用については、これを四分し、その一を被告らの負担としその余を原告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは原告に対し、各自金二二〇万円及びこれに対する平成元年六月三日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、東京拘置所に勾留されている原告に対し被告株式会社朝日新聞社(以下単に「被告会社」という。)の記者が被告会社の記者であることを隠して原告から取材をし、かつ、右取材に基づき被告会社が発行する週刊誌に事実に反する記事を掲載したこと及びこれに抗議をした原告に対し同週刊誌の編集長である被告川村二郎(以下「被告川村」という。)は暴言に等しい発言をし、原告の和解案等についても馬鹿にするような態度に終始したことは、いずれも原告のプライバシー権の著しい侵害であるとして被告らに対し不法行為に基づき精神的損害に対する慰藉料及び訴訟遂行のための弁護士費用の賠償を請求した事案である。

二  争いのない事実

原告は、刑事被告人として東京拘置所に勾留されている者であり、被告会社は、日刊新聞の発行等を目的とする株式会社で日刊紙「朝日新聞」、週刊誌「週刊朝日」等を発行しており、被告川村は、右「週刊朝日」の編集長である。

被告会社の従業員である森本美紀(以下「森本記者」という。)は、「週刊朝日」編集部記者として業務に従事していたが、平成元年六月三日午前一〇時三〇分ころ、原告が勾留されている東京拘置所を訪ね、原告に面会を求めた。その際、森本記者は面会申込票に「主婦」とのみ記載し、被告会社の記者である旨を記載しなかった。原告は森本記者に対し「どちらの方ですか。」と訪ねたが、森本記者は被告会社の名前は出さず、救援連絡センターとの関係について言及した(同センターの者と述べたか、同センターの知人の紹介で来たと述べたかなどは争いがある)。森本記者の面会の趣旨は、かつて原告が土曜閉庁法に反対する署名をしたことがあり、それに関して話が聞きたいというもので、原告は森本記者と面会の上、土曜閉庁の影響などについて話をした。森本記者は右取材を基にして、記事を書き、被告会社は、これを「週刊朝日」同年六月一六日号に掲載した。原告は、後日右事実を知って、同年七月一四日付で被告会社に抗議の手紙を出したところ、「週刊朝日」の編集長である被告川村は、原告に対し、被告会社の記者という身分を隠して取材したことについて遺憾である旨の返事を出した。そこで原告は、被告川村に善処を求め、同被告は、同月二五日、原告と面会した。その際、原告は被告川村に対し、和解案を呈示したが、最終的に合意には至らなかった。

三  原告の主張

被告会社の記者である森本記者は、被告会社の業務に関し、被告会社の発行する「週刊朝日」の記者であることを隠し、身分を偽って、原告と面接し、取材を行い、更に取材で得た原告の私的な領域に属する情報を、原告の承諾なく、記事として、週刊誌に掲載したもので、その記事の内容も原告が発言していないことを発言したとし、実情とも相違するなど虚偽のもので、また、被告川村は、森本記者が所属する週刊朝日編集部の編集長であり、原告と面会した際、取材として申し込んだのでは拘置所は面会させないのでだましたのであり、仕方がない旨の暴言に等しい発言をし、原告の和解案についても原告を馬鹿にするような態度に終始し、更には原告の提案した和解案を何等の理由も示さず、かつ、対案も出さずに拒否したもので、これらは、いずれも原告の人格権、プライバシーの権利を違法に侵害する行為であり、右行為により、原告は計り知れない精神的損害を被ったもので、これを慰藉するには少なくとも金二〇〇万円を下ることはない。また、被告らが和解に応じなかったため、原告は本件訴訟を提起したが、拘置所に勾留中である原告は、実質審理をすすめるためには、原告代理人らに本件訴訟の委任をせざるを得ず、同人らに支払いを約した金二〇万円も被告らの不法行為と相当因果関係のある損害である。よって原告は被告らに対し、金二二〇万円及びこれに対する不法行為の日である平成元年六月三日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

四  被告の主張

森本記者は、土曜閉庁法について監獄内でこれに反対する署名運動がされていることに関心も持ち、救援連絡センターで、原告も署名していることを知り、直接原告から話を聞きたいと考えたが、週刊朝日の記者であることを告げると、東京拘置所で原告に面会できないということから、記者であると明記しなかったに過ぎず、積極的に原告をだます意図はなかった。また、取材の内容は、原告が既に反対の署名をし、その意思を表示している土曜閉庁による拘置所内への影響についてであり、原告の私事に属することではない。更に原告は、みずからマスコミを利用するなどした「著名人」であり、プライバシー権は、通常人に較べ大幅に制限されると解すべきであり、本件においては、人格権ないしプライバシー権の侵害はない。更に、記事は、森本記者の取材に基づくものであり、虚偽の事実を掲載したものではないし、被告川村は、原告に対し、原告が主張するような発言はしていないし、馬鹿にするような態度もとっていない。仮に原告が精神的損害を受けていたとしても被告は二度に渡り書面で深く陳謝しており、その損害は補填されている。

五  本件の争点

被告会社の記者が記者であることを告げずに、原告から取材をし、かつ、これを記事として週刊誌に掲載した行為がプライバシーの権利あるいは人格権を侵害するものとして不法行為となるか。

第三当裁判所の判断

一  本件取材行為及び記事掲載行為の違法性について

原告は、第一に森本記者が被告会社の記者の身分を隠して取材をしたことが原告の会いたくない者と会わないでよい自由を奪うものであり、第二に、取材を拒否する自由を奪うものであり、第三に、取材の結果を原告に無断で週刊誌に掲載してこれを公表したことは、私的事項に関する情報を無断で公表されない権利を侵害するものであるとして、それぞれについて、プライバシーの権利の侵害を主張するものであるが、一般的に新聞記者がこれを記事として報道することを目的として取材をする場合において、その取材内容が私的領域に関するもので、公表されないことに利益を有すると考えられるときは、原則として記者である身分を明らかにして取材をすべきであり、その身分、目的を隠して取材をし、かつ、これを記事として公表した場合は、公表されない利益すなわちプライバシーの権利の侵害として不法行為となり得ると解されるところ、具体的場合において、プライバシーの権利の侵害となるか否かは、身分、目的を秘匿した理由、取材内容の私的性格の程度、公表されることによる不利益と公表する必要性、記事の内容の正確性など諸般の事情を考慮し、総合的に判断すべきである。

これを、本件について見ると、《証拠省略》によれば次の事実が認められる。

1  森本記者は、編集会議において土曜閉庁法の問題を取り上げることになったことから、これに反対の請願をしている人を取材するため、救援連絡センターに赴き、原告らが反対の請願書に署名をしていることを知り、原告らが収容されている東京拘置所に、上司の了解を得て取材に赴いた。

2  森本記者は、救援連絡センターで東京拘置所では記者と名乗ると面会できない旨を聞いていたので、面会のための記入用紙の職業欄に「主婦」と記入し、目的の欄には「近況伺い」に印をつけた。そういう方法で東京拘置所に入ることについては上司の承諾を得ていた。

3  原告は、面会室で森本記者に対し、どこからきた方ですかとの質問をしたところ、森本記者は、救援連絡センターの名前を出し、原告が土曜閉庁に反対する請願書に署名をしたことに関して話を聴きたい旨を告げた。森本記者は、主として土曜閉庁に関することがらについて原告が受けている不利益やその気持ちを尋ねるなどし、表紙下部に「朝日新聞東京本社」と印刷されたノートブックにその内容をメモ書きした。その間は二〇分程度であったが、メモには「原則的にはかまわない 当然」、「運動」、「本 週1回 3回→2回」「9冊→6冊」、「運動 支障はない」、「平日 現実的ムリ」などの記載があるにとどまり、森本記者は、これをもとにして翌日記事の原稿を作成した。

4  本件記事は、週刊朝日平成元年六月一六日号一五六頁から一五七頁にかけて掲載されたが、見出しには「怖いもの知らずの甲野太郎、乙山春子も「土曜閉庁」には塀の中でコリゴリ?」と記載され、原告に関しては、「最近、甲野被告に面会した知人によると、腰痛のため運動不足でめっきり太った坊ちゃん刈りの甲野被告は、早口でいっきにこう語ったという。」との前置きをして、原告の発言として「僕自身、会社をやってましたし、人間、休まなきゃいけないことくらい分かる。でも、だからといって、僕たちの基本的な生活を脅かすのはおかしい。今度の土曜閉庁で、僕あてに届く本の支給日が週三回から二回に減って、週に本を六冊しか読めなくなってしまった。僕には、それがいちばんこたえます。」と記載している。右の記事のうち、見出しはデスクが付け、その余の記事の部分は森本記者の作成であり、甲野被告に面会した知人と書いたのは、記者が面会したと書けなかったので、そのような表現をしたものである。

5  土曜閉庁により、舎下手続(既に保有している本を拘置所の保管場所から出し入れをする手続)の回数が週三回から二回に減少し、その冊数が九冊から六冊に減ったことは間違いないが、舎下手続以外で読むことのできる本の冊数は減少していない。

以上の事実によれば、森本記者は、記者の身分を明らかにすれば、面会できないことを知りながら、取材の目的を達するため、その身分を積極的に明らかにしないで、取材に及んだものであり、原告は自らの発言が週刊誌に掲載されることを予測できないまま、取材とは知らずに話をしたものと認められ、森本記者及びその上司はそのことを知りながら、敢えて原告の承諾を得ないまま、その取材の結果得られた原告の肉声を記事として掲載し、これを公表したものであり、また記事の内容について見ると、本件記事は、全体としては土曜閉庁法が施行されることにより、在監者の処遇が悪くなる点を問題として指摘したものであり、基本的には公共の利害に関わる性質のものと言うことができるが、しかし、その見出しの表現を見ると、これを真面目に取り上げているとは必ずしも受け取れず、記事の内容についても、本件の問題とは何等の関係のない原告の身体的な特徴を記載し、意図的ではなかったにせよ、読むことのできる本の冊数が土曜閉庁法で客観的にはあまり影響を受けていないのに、これが在監者の処遇に与える土曜閉庁法の悪影響の重要な内容をなすかのごとき誤解を与えかねない記載となっており、その点について十分に取材をしていれば、正確な報道となっていたものと推認されることなどを総合的に考慮すると、被告らのこれらの一連の行為は、報道機関として許される限度を越えて、原告のプライバシーの権利を侵害する違法なものであったと言わねばならず、原告が「著名人」であったとしても、このような取材及び公表のされ方を甘受しなければならない合理的な理由は見出しがたく、また、その経緯に鑑みると、このような事態に至る前にこれを防止することは十分に可能であったのであり、抗議を受けて陳謝をしたからといって、損害のすべてが十分に償われたとまでは認められない。そうだとすると、被告らは原告に対し、その損害の賠償をすべき義務があるというべきである。

なお、原告は、その後の被告川村の本件に関する応対についても問題としているので付言すると、《証拠省略》によれば、被告川村は、原告の抗議に対し直ちに事実を調査し、記者であることを告げないで取材をしたのは相当でないと判断し、原告に対しお詫びの手紙を書き、更に原告の呼出しに応じて東京拘置所まで面会に赴き、話合いをし、原告から賠償金の請求と刑事事件についての弁護人の取材及び報道を和解案として要求されたのに対し、その当否を検討し、その要求には応じかねる旨の返事をするとともに、重ねてお詫びをする旨の手紙を出していることが認められ、東京拘置所で面会した際の被告川村の言動については、原告と被告との間で食い違いがあり、その食い違いには、原告と被告との受け取り方の相違とも思われる点もあり、原告の主張にあるような言動を認めることはできない。したがって、記事掲載後の被告川村の以上の所為をもって原告のプライバシーを害するものとは言えず、この点についての原告の主張は認めることができない。

二  損害について

1  原告は、被告会社の記者の取材に応じる義務はないのに、その事実を知らされなかったことにより、結果的に取材に応じたのと同様の負担を強いられたものであるが、記事の内容自体は、原告の外部的な名誉を低下させるものとまでは言えず、主として会わない人に会わない自由、取材を受けない自由、私的事項を公表しない自由など内心的な意思決定の自由を奪われて、私的領域に属する事柄が公表される危険を負担したことが原告の精神的損害であると解すべきであり、諸般の事情を考慮すると、これを慰藉するには金銭に換算すると金三〇万円が相当である。

2  原告は、右のとおり、被告らに対し精神的損害に対する慰藉料を請求する権利が存したのに被告らが和解に応じなかったため、本件訴訟を提起したものと認められ、拘置所に勾留中である原告としては、実質審理をすすめるためには、原告代理人らに本件訴訟の委任をせざるを得ないものと認められ、本件不法行為は、原告が拘置所に留置されており任意に裁判所等に出頭して自ら訴訟を遂行できないことを知りながら行われたものであり、右訴訟委任に要した費用も本件不法行為と相当因果関係のある損害であると解すべきである。そして弁論の全趣旨によれば、原告は原告代理人弁護士に本件訴訟を遂行するため金二〇万円の支払いを約束したものと認められ、右金額は、本件審理の期間(実質的関与は約一年間)、開廷数(判決言渡期日を含め一〇回出頭)、面会のための時間及び費用等を勘案すると、相当な金額の範囲内のものと認められ、右金額についても、被告らは原告に対しその損害を賠償すべきである。

第四結論

以上によれば、原告の被告らに対する請求は、金五〇万円の支払い及びこれに対する不法行為の日である平成元年六月三日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用は、これを四分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とし、主文のとおり判決する。

(裁判官 大塚正之)

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